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東京地方裁判所 昭和61年(レ)173号 判決

控訴人

東京給食株式会社

ほか一名

被控訴人

高橋美浩

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人東京給食株式会社に対し、七万二一六〇円及びこれに対する昭和五九年一一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、控訴人安田火災海上保険株式会社に対し、三二万四九七六円及びこれに対する昭和六一年一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  控訴につき訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その四を被控訴人、その余を控訴人らの各負担とし、附帯控訴につき訴訟費用は被控訴人の負担とする。

四  この判決は、主文第一項の1に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴について

1  控訴の趣旨

(一) 原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人東京給食株式会社(以下「控訴人東京給食」という。)に対し、九万〇二〇〇円及びこれに対する昭和五九年一一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、控訴人安田火災海上保険株式会社(以下「控訴人安田火災」という。)に対し、四〇万六二二〇円及びこれに対する昭和六一年一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二) 控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一) 本件各控訴を棄却する。

(二) 控訴費用は控訴人らの負担とする、

二  附帯控訴について

1  附帯控訴の趣旨

(一) 原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

(二) 控訴人らの被控訴人に対する請求をいずれも棄却する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。

2  附帯控訴の趣旨に対する答弁

(一) 本件附帯控訴を棄却する。

(二) 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

請求原因は、原判決三枚目表四行目、同八行目及び原判決三枚目裏二行目の各「被告車」を「加害車」に、原判決三枚目表六行目及び原判決三枚目裏三行目の各「萩原車」を「被害車」にそれぞれ改め、原判決三枚目表二行目「道路上」の次に「(以下右道路を「本件道路」といい、右現場を「本件事故現場」という。)」を、原判決三枚目表七行目「発生した」の次に「(以下「本件事故」という)」をそれぞれ付加するほか、原判決事実摘示第二の一の請求原因欄記載のとおりであるから、これを引用する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)の事実は否認する。

3  同3(損害)の事実のうち、本件事故により被害車が破損したことは認めるが、その余の事実は知らない。

4  同4(保険金の支払)の事実は認める。

三  被控訴人の主張(免責及び過失相殺)

被控訴人は、田沢ブロツク工場敷地内に加害車の荷台に積んだブロツクを下ろすため、田沢ブロツク門前の路地(以下「本件路地」という。右は、歩道を経て本件道路に達している。)に、あらかじめ門扉の開閉に傷害とならないよう門扉からの距離を十分置いて停車していたものであり、加害車の後部が若干右歩道沿いに設置されたガードレールの位置を越えて本件道路の車道にはみ出していたが、この状態は右車道の幅員が片側約三・三メートルであつたのに対し、被害車の幅は約一・五メートルにすぎなかつたことからして、被害車が本件道路を進行するについて何ら支障となるものではなかつた。

しかるに、萩原は、本件道路を進行するに当たり、前方注視義務を怠り、進路前方左側にわずかに車体後部を突き出して停車していた加害車に全く気付かないまま、進路前方右側の対向車線上に停車していた大型貨物自動車に気を取られて被害車のハンドルを急に左に転把したため、被害車を加害車後部に接触させ、さらに右接触に慌ててハンドル操作を誤り被害車を再度加害車に衝突させ、本件事故を発生させたものである。

したがつて、本件事故は、萩原の自損事故ともいうべき一方的な過失によつて発生したものであるから、被控訴人に過失はないというべきである。

仮に、被控訴人に何らかの過失が認められるとしても、本件事故は前記のとおり萩原の重過失によつて発生したものであるから、控訴人東京給食の損害はその八割以上を減額すべきである。

四  被控訴人の主張に対する認否及び反論

加害車が本件事故当時停車していたこと、萩原に前方不注意及びハンドル誤操作の過失があつたことはいずれも否認する。

萩原は、本件事故当時、前方注視義務を十分尽くしていたものであり、進路前方左側から進路上に突然侵入してきた加害車を避けることは不可能であつたから、同人に過失はないというべきである。

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の各書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、同2(責任原因)の事実について判断する。

いずれも成立に争いのない甲一、一二及び一三号証、弁論の全趣旨により昭和五九年一二月七日川上自動車工業が被害車を撮影した写真であると認められる甲七号証の一ないし九、被害車を撮影したものであることについて当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により昭和五九年一一月三〇日川上自動車工業が撮影した写真であると認められる甲八号証、本件事故現場の写真であることについて当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により昭和六〇年一二月萩原時夫が撮影した写真であることが認められる甲九号証の一ないし六、弁論の全趣旨により昭和五九年一二月一一日高嶋美浩が加害車を撮影した写真であることが認められる乙三号証の一及び二、当審証人横倉久夫及び原審証人萩原雅彦の各証言、原審における取下げ前の原告萩原時夫及び被控訴人各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  本件事故現場は、東西に走る本件道路と本件道路南側の路外施設である田沢ブロツク工場に通じる本件道路とがほぼ直角に交差する地点である。

本件道路は、幅員約六・三メートルの車道がセンターラインによつて南側の車線幅約三・三メートル、北側の車線幅約三メートルに区分された片側一車線のアスフアルト舗装道路であり、車道北側には約一・五メートルの、南側には約二・六メートルの歩道がそれぞれ設けられ、車道と歩道との境界線上にはガードレールが設置されている。

本件路地は、東西の幅員約五・四メートル、右歩道端から突きあたりの田沢ブロツク工場入口門までの南北の長さ約九・六メートルの砂利道であり、両側には歩道際まで建物が建てられているため、本件道路走行車両からの右路地内の様子への見通しは良くない。

田沢ブロツク工場入口には鉄製の門扉が設置されており、工場稼働時以外は閉鎖され敷地内に自由に出入りできないようになつている。右門扉は、長さ三・五メートルと一・八メートルの二つの鉄製棚から成つており、開門時には、両側の棚を観音開き様に工場敷地の外側に向けて押し開く仕組みになつている。

2  加害車は、全長一〇・一メートル、幅二・五メートル、高さ三・三メートルの自家用普通貨物自動車である。

被控訴人は、本件事故当日の午前五時ころ、右工場敷地内に加害車の荷台に積んだブロツクを下ろすため、本件路地に加害車を前部から入れ、その前部が右門扉に近接する位置まで進入したうえで停車させ、右門扉が開けられるのを待つていた。そして、同日午前六時ころ、田沢ブロツクの従業員が右門扉を開けようとした際、加害車を停車させたままでは門扉の開門に支障となることから、被控訴人は、加害車を右門扉から離すために後退させたが、その際、加害車の後部を本件道路の南側車道部分に進入させるについて本件道路を進行する車両の有無を確認しなかつたため、折から本件道路の南側車線を進行してきた被害車の存在に気付かず、加害車の後部を被害車の左前部に衝突させた。

3  萩原は、被害車を運転して本件道路の南側車線の中央寄りを進行していたが、本件事故現場に差し掛かつた際、本件事故直前まで加害車の存在に気付かなかつたため、進路前方左側から突然進路前方に現れた加害車を避けることができず、これに衝突したものである。

被害車の進行方向から本件路地に対する見通しは、前記のとおり建物に遮られて良くないが、本件道路の南側には前記のとおり幅約二・六メートルの歩道が設置されているため、本件路地から本件道路の車道上に進入してくる車両の存在は、本件路地との交差点やや手前から視認できる状況にある。

以上の事実が認められ、右認定に反する原審証人岡田一雄の証言及び原審における被控訴人本人の供述部分は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、被控訴人代理人らは、原審証人岡田一雄の証言及び前掲乙三号証の一及び二を援用しながら、萩原は前方不注意及びハンドル誤操作の過失により停車中の加害車に二度衝突したものである旨主張するが、同証人の証言は当審証人横倉久夫の証言に照らし信用できず、右主張は採用できない。

以上の事実によれば、被控訴人は、本件路地に停車中の加害車を後退させて本件道路の車道南側車線に加害車の後部を進入させるに際しては、右車線を進行する車両からの本件路地内の状況に対する見通しが悪いうえ、これによつて右車両の進行を遮断することとなるのであるから、これらの車両と衝突する可能性のあり得ることを予想し、第三者をして右車線を走行する車両の有無を確認させ、加害車の後退を誘導させるなどして進行方向の安全を確認すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、右車線を走行する車両の安全に何らの配慮もしないまま、漫然加害車を後退させるという交通法規範の基本にもとる重大な過失により、加害車の後部を被害車の左側部に衝突させて本件事故を発生させたものであるから、被控訴人は、民法七〇九条により、被害車の所有者である控訴人東京給食に対し、本件事故により被つた車両損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。

三  次に、請求原因3(損害)の事実について判断するに、成立に争いのない甲二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲三号証、原審証人萩原雅彦の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、控訴人東京給食は、被害車の修理費として四九万六四二〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、請求原因4(保険金の支払)の事実、即ち控訴人安田火災が、控訴人東京給食に対し、昭和六〇年一月二八日本件事故による車両保険からの填補として四〇万六二二〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。

四  過失相殺

進んで、被控訴人の過失相殺の主張について判断するに、前記認定事実によれば、被害車の進行方向から本件路地内に対する見通しは建物に遮られて良くないものの、本件道路の南側には幅約二・六メートルの歩道が設置されているため、本件路地から本件道路の車道上に進入してくる車両の存在は、本件路地との交差点やや手前から視認できる状況にあつたのであるから、萩原が、進路前方左側を注視していれば、本件事故現場やや手前の地点で後退してくる加害車を発見し、本件事故を未然に回避し又は被害車の損傷をより軽度にとどめられた可能性があつたにもかかわらず、右注意義務を怠り、漫然と被害車を運転していたため、本件事故直前まで加害車の存在に気付かなかつたことが推認されるから、萩原にも本件事故発生について過失があることを否定することはできない。

そして、本件事故発生についての前記被控訴人の過失と萩原の右過失を彼此勘案すると、右両名の責任の割合は、被控訴人が一〇分の八、萩原が一〇分の二とするのが相当である。

五  以上のとおりであるから、本訴請求は、控訴人東京給食について、被控訴人に対し、不法行為による損害賠償として損害額四九万六四二〇円から車両保険金によつて填補された四〇万六二二〇円を控除した残額九万〇二〇〇円の一〇分の八に相当する七万二一六〇円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五九年一一月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、控訴人安田火災について、被控訴人に対し、商法六六二条に基づき、本件車両保険金支払額四〇万六二二〇円の一〇分の八に相当する三二万四九七六円及びこれに対する記録上明らかな本訴状送達の日の翌日である昭和六一年一月三〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、それぞれ理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないからいずれもこれを棄却すべきものであるところ、これと趣旨を異にする原判決は不当で、本件控訴は一部理由があるから、これを右の限度で変更し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を、附帯控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 藤村啓 潮見直之)

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